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2012年02月20日【教育・受験・家庭教師関連記事
【昭和正論座】東大教授・西義之 昭和56年4月3日掲載(記事引用)
教育、受験、家庭教師関連の記事を紹介します。
以下、2012年02月18日 MSN産経ニュースより引用。

【昭和正論座】東大教授・西義之 昭和56年4月3日掲載

“怖いものなし”の子供たち

■“寛容な”社会とは?

ドイツの新聞の一隅の「外国ニュース短信」で紹介されていた記事なので、くわしくはわからないが、次のようなのがあった。

フランスの自由主義的な作家ロジェ・イコール(有名な人だとあるが、私は知らない)の二十歳になる息子が、禅の一派に傾倒し、肉や野菜を一切とらず、穀物だけ食するという極端な食事のため、一七五センチメートルの身長があるにもかかわらず四二キロに痩せ衰え、自殺したという。父の作家はジスカールデスタン大統領あてに百二十ページに及ぶ悲痛な訴状を書いた。かつて作家ゾラの発表した「私は告発する」に似たもので、父はこの中で息子を責めると同時に、この現代社会があまりにも「パーミッシブ(寛容的)」になっていて、自由の恐ろしさを知らず、若ものたちをあまりに早く「おとな扱い」にし、公衆道徳も個人道徳も緩められるだけ緩めてしまったと嘆き、自由をもう少し制限すべきではないかと訴えたという。自由は、いまや言葉の本当の意味で「自殺的自由」となり、「なんでも許す」だけでなく、死まで許しているというのである。新聞「ル・モンド」がこの訴状を批評しているが、評者は最愛の息子を失ったこの父・作家が取り乱して、われを忘れていることに同情しながらも、「道を誤るということも、自由で民主的な社会の土台の一つであって、この社会に賛成することには、個人が人生にノーを言うことも含まれるべきである」とたしなめているという。どこの国でも似たような事件が起こり、嘆きがあり、論争があると考えさせられた。

パーミッシブな社会とは、なんでも大目に見る社会であると同時に、みんな見て見ぬふりをしてやりすごす社会であろう。この作家は、息子を死に追いこむような「禅の一派」など禁止してほしいと言おうとしたのか、この短いニュースからは判らないが、学校があまりにパーミッシブになっていることは訴状の中の重要な部分をなしていて、これは日本の学校への警鐘でもあるだろう。

フランスの学校は五人に三人はいまでも落第すると伝えられるし、西ドイツでもギムナジウム(普通高校)では率にして一人一回、実科学校で二人に一人、本科学校では四人に一人は落第すると統計は語っている。退学もある。

■学校もこどもの言いなり

日本では落第は戦後なくなった。私は落第を復活せよというのではないが、学業ができなくても、本人の努力や能力はあまり問われない。「罰」としての落第はなくなり、とにかく上へ上へと押し上げていく。先生も親もきびしくしつけ、訓練し、規則に従わせることを避け、「伸び伸び」ということが教育の第一義となった。

ある指導主事の授業見学記によれば、某小学校の研究授業で、先生がこれから作文を書いてもらうと言ったところ、こどもたちはいやだ、いやだと叫び出し、先生が「ではやめよう」と譲歩すると、やったぁと指をVの字にして歓声をあげたという。しかもこの授業の講評として、同僚先生は口々に「こどもたちが伸び伸びしていて、よかった」といったと報告されている(雑誌「学校経営」三月号)。

先生も親も、こどもたちの希望はできるだけかなえてやる方向をよしとし、制限し、自制させ、禁止することは避けようとする。かなりの悪戯でも大目に見られる。万引でさえ、咎めようものなら、二十円や三十円のチューインガム一つで泥棒呼ばわりはなんですと怒鳴りこんでくる母親もある。幼い心を傷つけてはいけないということで、見て見ぬふりをする。将来(?)があるからとか、出来心にすぎないからと許容される。幼少年時の盗みは、ことごとく出来心と言ってよく、出来心で許されるならばすべて許されることになる。小中学校における暴力も、しばしば「暴力というほどのことはない。こどものときよくあるものだ」と大目に見られる。なかには「元気があってよろしい!」と激励しかねまじき発言もでてくる。今日の幼少年たちの一部には、こわいものはなくなったみたいですらある。先生はなぐりかかられると、頭をかかえてうずくまるだけである。たばこをこれ見よがしに吸っても、ラジオを鳴らしても見て見ぬふりである。せいぜい一・何倍ぐらいの入学競争率でも、競争社会をなくせ、こども心を傷つけるなと叫ぶ人がある。都立高校が二次募集で、定員一杯にとらないと、かわいそうなことをすると非難される。みんな許可(パーミット)せよというわけであろう。

■できることは自分でやれ

今春の中学校、高校の卒業式に何らかの形で警察が関与したところが多かったという。学校がかくもパーミッシブになり、それでどうしようもなくなった場合、私は仕方がないことだと思う。教育の放棄だといきまく先生もいるだろうが、その教育が問題なのである。いや、その教育なるものをカン違いしていたために、今日の事態を招いたのかも知れないのだ。しかし、次のような日の来ることも覚悟したほうがいい。大学紛争末期、大学からいわゆる警察アレルギーがなくなり、すぐ警察の出動を要請するようになったころ、警察は逆に大学を叱りつけたものである。「救急車を呼ぶように警察を呼ばないで下さい。あなた方もご自分で出来ることはギリギリまでやって下さい。警察の出動するのはそれからです」と。(にし よしゆき)



【視点】昭和50年代半ば、校内暴力が急増し、とりわけ中学生の対教師暴力が深刻な社会問題となった。西氏は、日本の学校が何でも大目に見ると同時にみんな見て見ぬふりをする「パーミッシブな社会」になった結果だと指摘し、先生や親に「厳しいしつけ」「訓練」「規則順守」といった本来の教育機能の回復を暗に求めた。

卒業式シーズン、番長グループによる“お礼参り”などを恐れた学校側が警察官を呼ぶケースも相次いだ。西氏はこれを「仕方がないことだ」と認めつつ、自らの教育の努力を放棄して安易に警察力に頼る傾向も戒めた。ドイツ文学やドイツ現代史が専門分野の西氏だが、しばしば教育問題についても鋭い洞察を加えた。(石)

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